どの企業の事例か
パナソニック コネクトは、パナソニックグループのB2Bソリューションの中核を担う企業集団です。2026年7月29日の発表によると、グループ全体でおよそ29,100名の従業員を擁し、2025年度の売上高は1兆3,803億円。サプライチェーンや公共サービス、生活インフラといった「現場」向けの事業を手がけています。
同社は2023年2月から、大規模言語モデルを使った自社向けAIアシスタントサービス「ConnectAI」を運用しています。この記事の数字と構成は、すべて同社の公式プレスリリースに書かれている内容です。推測で補った箇所はありません。
解決したかった課題
ConnectAIの導入時、同社は3つの目標を掲げています。(1)業務生産性向上、(2)社員のAIスキル向上、(3)シャドーAI利用リスクの軽減の3点です。
3つ目が入っている点は注目に値します。社員が個人の判断で外部のAIサービスに業務情報を入力してしまう、いわゆるシャドーAIのリスクを、禁止ではなく「会社が用意した安全な環境を配ることで減らす」という設計思想がここに表れています。生成AIの社内展開を検討している組織にとって、最初に決めるべき方針が示された例といえます。
AIをどう使ったか:3年分の実績が公開されている
この事例が参考にしやすいのは、導入後の数字が毎年同じ形式で公開されている点です。2025年7月と2026年7月の発表を並べると、利用がどう伸びたのかが具体的に分かります。
- ▸2024年の実績(2025年7月7日発表):削減時間44.8万時間(前年比2.4倍)、利用回数240万回(前年比約1.7倍)、1回あたりの削減時間28分(画像利用の場合は36分)、月間ユニークユーザー率49.1%。対象は国内全社員 約11,600人
- ▸2025年度の実績(2026年7月29日発表):削減時間78.8万時間(昨年比2倍)で、これが年間総労働時間の3.4%にあたる。利用回数361万回(昨年比1.6倍)、1回あたりの削減時間33分(昨年比1.2倍)、月間ユニークユーザー率61%(昨年比12pt増)。対象は国内全社員 約11,800人
- ▸使われ方の変化:同社は2024年時点で、活用が「聞く」から「頼む」へシフトしたと説明しています。2025年度の伸びについては、ファイルを使った議事録作成、コード生成、ログ分析、提案書作成支援、設計書・仕様書作成といった個人業務に特化した利用の拡大が大きな要因だと分析しています
- ▸使用しているモデル:2025年7月の発表では、ConnectAIは主要3社(OpenAI、Google LLC、Anthropic)の大規模言語モデルを活用して開発したもの、と記載されています
月間ユニークユーザー率が49.1%から61%へ上がっている点は、「導入したが使われない」という失敗パターンを避けられているかどうかの指標として読めます。1回あたりの削減時間も28分から33分へ伸びており、使う人が増えただけでなく、1回の使い方が重くなっていることが分かります。
アーキテクチャ
以下は公式プレスリリースに記載のある構成です。推定は含みません。
- ▸AIアシスタント層:主要3社(OpenAI、Google LLC、Anthropic)のLLMを活用して開発した自社向けサービス「ConnectAI」。国内全社員 約11,800人に展開
- ▸データ基盤:「パナソニック コネクトコーパス」。社内のあらゆるデータを一元的に集約・活用するAI/Data基盤で、売上や生産実績といった構造化データと、図面・仕様書・議事録といった非構造化データの双方を対象とする。2023年以降、生成AI活用と並行して整備し、50の社内業務システムが保有する構造化データと連携
- ▸非構造化データとの接続:2024年からRAG(Retrieval-Augmented Generation)を活用し、文書・図面・仕様書などと生成AIの連携を拡大
- ▸構造化データとの接続(2026年度から):SFA(営業支援)やERP(基幹業務)などの業務システムの構造化データと連携し、AIが回答だけでなく情報収集・分析・判断支援まで行う「業務データ連携型AIエージェント」へ拡大
- ▸個別エージェントの実装例:図面/設計仕様の照合を行う「Manufacturing AIエージェント」を、Snowflake社のデータクラウドプラットフォーム上で、同社のAI機能「Cortex AI」を使って内製開発
図面照合エージェントは何をしているか
2026年2月19日の発表で公開された「Manufacturing AIエージェント」は、生成AIの社内展開が「チャットで質問する」段階を越えて具体的な業務に入った例です。処理の流れも公開されています。
- ▸対象業務:製品図面・部品図面・技術仕様書といった複数のドキュメント間で、仕様が一致しているかを確認する照合業務。従来は担当者の手作業と目視に依存していた
- ▸処理:複数のPDF図面からテキスト情報を自動で抽出し、AIが製品図面と部品図面、あるいは技術仕様書との間で材質や仕上げなどの項目を自動照合して、結果を一覧で表示する
- ▸効果:目視確認で50分〜340分かかっていた照合業務が10分に短縮(80%〜97%削減)。あわせて作業の標準化により、担当者による品質のばらつきも抑制
- ▸展開順序:まず規格の照合業務と外装部品の照合業務から適用を開始し、その後ほかの照合業務へ水平展開する方針
注意して読みたいのは、同社が「AIによる半自動照合」と表現し、担当者の確認作業を支援する位置づけにしている点です。最大97%という数字は「人がいらなくなった」という意味ではありません。
導入効果と見るべきポイント
- ▸効果:2025年度に78.8万時間、年間総労働時間の3.4%を削減。2030年には総労働時間の10%をAIで削減することを目標に掲げている
- ▸注目ポイント1:削減した時間の使い道を明示していること。同社は生み出された時間を、顧客への提案活動や新たなソリューションの創出へ振り分けるとしています。時間削減を目的で終わらせない設計になっています
- ▸注目ポイント2:データ基盤を先に作っていること。2023年から生成AI活用と並行してデータ統合を進め、コーパスを整備したうえで2026年からエージェントの実装フェーズに移行しています。AIの性能ではなく、AIが参照するデータの整備が先という順序が明確です
- ▸注意点1:78.8万時間・3.4%という数字は同社が自社の活用データを分析した結果であり、算出方法の詳細は公開されていません。他社が同じ条件で再現できる数値として扱うのは適切ではありません
- ▸注意点2:2024年の実績は「2024年」、直近は「2025年度」と、発表ごとに期間の区切り方が違います。単純な前年比較をする際は、この違いを踏まえる必要があります
日本企業が参考にできること
この事例の要点は、派手なモデル選定ではなく順序にあります。全社に配って利用のハードルを下げ、シャドーAIを禁止ではなく置き換えで減らし、その裏でデータ基盤を整え、そのうえで個別業務のエージェントに進む。図面照合という、いかにも製造業らしい地味な業務が最初の成果として出ている点も現実的です。
自社で検討する際は、いきなりエージェントを作るのではなく、「AIに参照させたいデータが、いま参照できる形になっているか」を先に確認するのが近道になります。パナソニック コネクトが3年かけて取り組んだのは、まさにその部分でした。
